矛盾という人間らしさの未来

昨日、「矛盾」という題名でエッセイのようなブログを書きました。


結局は内容があるようで無いような何とも言えない文なんですが、書いた本人としては結構気に入っています。


今日はその話におもしろい続きが思い浮かんだので、その続きを書こうとしているわけで、もし昨日のブログが気になってくれた方は先にぜひ「矛盾」を読んでください。




昨日のブログで言いたかったことは、矛盾していることが人間らしさなのではないか?みたいなこと。



一昨日のことです。2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されるらしいという話を聞いた。


小学校からプログラミング教育が始まるっていう話は以前から聞いたことがあった。


ただ、それが2020年の話だとは知らなかった。2020年ってもう再来年の話。もう今年も終わろうとしているから、再来年って言っても、限りなく来年に近い再来年だ。



全員がプログラミン教育を受けて、社会に出てく。その社会はどんな社会なんだろう。どんな社会像が思い描かれているから、ここでプログラミング教育が導入されていくのだろう。


そんなことを考えてみた。そんなことを周りの人に聞いてみた。


AIの登場、技術の進歩。



もちろん、それは分かる。



プログラミング教育は論理的に考える力を育てる。筋道を間違えるとエラーが出るから。



そんなん、もちろん分かる。



でも、そんな社会は誰が作ってるん?


誰かが作った社会に置いてかれないように、ついていけるように勉強するのは何となく気持ち悪い。


それがやりたいこと、目指したい社会、そうやって決めたい。



AIが発達すると人の仕事が奪われる、だから人間にしかできないことをって言われたりするけど、人間にしかできないことは自ら考えて、なりたい自分や、生きたい社会を目指すことじゃないかな。


エラーが出ないように、正しく論理的に。


それが人間らしさなのか。



人間はもっと矛盾してるはずだし、それがおもしろいし、それが安心できる部分じゃないのか。


おっちょこちょいで、どこか抜けてるから安心できる。



矛盾が消えていけばいくほど人は不安になるんじゃないか。



これからやってくる未来、置いてかれないように、時代に追いつけるように。それももちろん生きていくためには必要だ。


でも、そうはいっても100年で死ぬんだから、自分で疑いながら、定義しながら、矛盾を楽しみながら、エラーを受け入れながら、生きたい。



どうやら、僕にはそんな風に考えるようプログラミングされているみたいです。笑







山本修太郎

山本修太郎のブログやら普段やっている活動に関して発信するためのページ。

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