生きる。


生きていくって大変だ。


そう思う日もある。


大変なこと全部投げ捨ててでも死ぬわけではないんだから、大変だなんて思わなくっていい。


そう思う日もある。


いつも確固たる自分を持ち続けるって難しい。


強気な日もあれば弱気な日もある。


色んな人の役に立ちたいって思う日もあれば、他人の言うことは聞きたくないし、好きな人とだけ生きていければなんて思う日もある。


この世の中が大好きだって思う日もあるし、こんな世の中捨ててしまいたいと思う日もある。


色んなことが上手くいっているとき、色んなことが順調な時、僕はそれに気づかないけど、上手くいかない時や暗雲が立ち込めたときに僕はそれに気づくことがある。


失敗してもいいよって優しく声をかけてくれる人がどのくらい周囲にいるんだろう。


失敗しそうな時、周りの人の目が気になる。


僕が今まで積み上げてきたものがこの失敗で崩れ去るのではないかと思うと怖くなるときがある。


そんなものどうでもいい、生きてればそれでいいって思ってる自分もいる。


僕は生まれてから色んな競争にさらされてきたのかもしれない。


受験や就職活動はその最たる例かもしれないけど、そんなことよりももっと、周りの人たちが常識とすることと自分との間での競争かもしれない。


どこかで周りの人の声や目が気になる競争の中を生きてきてるのかもしれない。


これは僕だけではないんじゃないかな。


みんなそうだと思う。


そうでない感覚があっても気づいてないだけかもしれない。


多かれ少なかれ自分のせいで誰が悲しむ顔が浮かんでくる経験があるんじゃないかな。


多かれ少なかれ誰かに叱られることが、誰かに失望されることが頭をよぎる経験があるんじゃないかな。


人間ってそういうものなんじゃないかな。


一人で生きてるようで人と人の間で生きてるのが「人間」


世の中は失敗に寛容に見えることも、失敗に厳しく冷たく見えることもある。


僕だって人の失敗に寛容なことも、厳しく冷たいこともあるんだろう。


人にされて嫌なことは他の人にしてはいけない、自分が人にされて嬉しいことを他の人にもしてあげよう。保育園のころから教えられてることだけど、本当に大切なこと。


自分が失敗したとき、不安でたまらない時に、大丈夫って言ってくれる人がいるだけで、「生きていくって大変だ」って思える日が「大変なこと全部投げ捨ててでも死ぬわけではないんだから、大変だなんて思わなくっていい」って思える日に変わることだってある。


そうやって誰かのその日を変える人に自分がなることが出来る。


でも、そんな保育園からの教えは大人になればなるほど難しくなるのかもしれない。


保育園の時はその教えに集中できるけど、大人になるってことは色んなことを考えながら生きるってことでもあるのかもしれないし、忙しなく生きるってことなのかもしれない。


大事なことを忘れてしまうってことなのかもしれない。


そんな中でも、この人が失敗したり不安な時は、自分だけでも味方になろうっていう愛情を持てるようになることも大人になるってことなのかもしれない。


人と人の間で、愛を介して、生きようとする。


そういう大人の一つ一つの愛の積み重ねで僕らは今ここに存在してる。


生きてくって大変な気もするし、大変だなんて思わなくていい気もするけど、生きてるってのは愛の結晶かもしれん。


僕の両親の愛の結晶が僕かもしれないし、いろんな人の愛の結晶が僕らなのかもしれない。


そうでない考えを持つ人もいるだろうが、考えを共有できる人もいるかもしれない。


答えは無い。答えはいらない。


不安な夜も、爽やかな朝も、答えは無いけど生きる。


山本修太郎

山本修太郎のブログやら普段やっている活動に関して発信するためのページ。

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