変わり続けるまちの変わらない喫茶店

僕の家の最寄り駅からほど近い路地に、今日喫茶店を見つけた。厳密に言うと、その路地はこれまでも何度か通っていて、その喫茶店は以前から既に目に入っていた。でも、空いているのか閉まっているのかよく分からず、中を覗こうとしても中の様子は伺い知れず、これまで通り過ぎてきていた。でも、今日は店内の照明の光が微かに見えたので、恐る恐る扉を開けてみた。


中にはチェックシャツを着た店主が一人。お客さんはいない。店内を見渡しながら、目に飛び込んでくる情報の処理に追われつつ、ホットコーヒーを注文した。


店内はまさに純喫茶という感じで、クラシックな家具や照明の数々。そんな店内にはカラオケもあった。夜はお酒も出ているみたいで、店名にも「コーヒーアンドパブ」とあった。英国のパブ(パブリック・ハウス)もこんな感じなのかなあと、想像を膨らませているとコーヒーが到着。店主もそのまま僕の隣の席に到着した。


「カメラやってるの?」僕が机に置いていたフィルムカメラを見て店主が聞いてきた。お話好きな店主なんだろうなとすぐに分かった。その後、話を聞いていると、店主はこの場所で40数年喫茶店をやっていると分かった。「今は大きな幹線道路になっている店前も、昔はアーケード街が2本あって、喫茶店もたくさんあったんだ」と聞かせてくれた。なんとなく情景が浮かんだ。


店主はもともと銀行マンだった。実はこのお店の2代目なんだと。大きな工場をやっていた社長が遊びというか節税目的というかで喫茶店を始めたのが、この店の始まり。片手間で経営されていた喫茶店はずさんな感じだったらしく、喫茶店のオーナー社長が「もう閉めようか」と思っていたところ、取引先の銀行マンとして現店主がオーナー社長と出会った。そこで「お前が喫茶店やらない?」って感じで継ぐことになった。


「人生は何があるかわからないよね」と軽いトーンで話す店主。その通り過ぎるエピソードを前に返す言葉が見つからない。


店内の家具は40数年前のままらしく、英国製の壁紙に、西ドイツ製の照明、、、それぞれの家具の歴史を聞かせてくれた店主は、このお店が本当に好きなんだろうなと思う。お客さんからは「このお店を無くすのはもったいない」「続けてくれ」と日々言われるらしく、「体が持たない」という店主の顔は誇らしそうに見えた。


昔はお店の坂下にたくさんの学生寮があって、当時お店に来ていた学生さんはみんな定年退職したんだって。年賀状のやりとりが続いていたり、定年してお店を再訪してくる人がいたりという話を聞いて、「人のつながり」とか「絆」みたいな言葉では表現し切れないようなものを感じた。お店を再訪する人は全く変わらない店内に「青春時代に一気にタイムスリップした」感覚になると言ってくれる。変わり続けるまちの中で変わらないこの店は、たくさんの人のたくさんの時間を閉じ込めたタイムカプセルような場所なんだろうと思った。


そんな歴史の話の後は、店主と世間話をした。「ワクチンは打ったか」とか「月末には衆院選があるとか」。ちなみに、店主は近くの耳鼻咽喉科でワクチンを打ったらしい。お客さんが「あそこの耳鼻咽喉科で打てるよ、みんな内科に電話をかけるから、耳鼻咽喉科は穴場だ」と教えてくれたらしい。喫茶店・パブリックハウスの顔を見た気がした。ここは、いろんな世間話が集まる社交場なんだなと。


僕たちが生きる社会やまちは日々絶えず変化する。そんな中で、どう変化していきたいのか、何を大切に残していきたいのかを今一度考えたいし、色々な人と話をしてみたいと思った。ここ数週間で、政治のテーマは「成長と分配」になったらしい。何を目的に、どう暮らすことを目指して成長するのか、分配するのか。成長や分配の先に、タイムカプセルや社交場が残る未来があるといいなと感じた。それは僕の考えとして。いろんな人とコーヒーやお酒を片手にあれやこれやの世間話をこの国のパブリックハウスで交わせたらいいなと思った夕暮れ時。

山本修太郎

山本修太郎のブログやら普段やっている活動に関して発信するためのページ。

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