昨日とは違う気づいたら1年が経っている。そんな時間感覚に慣れつつある。それが悪いことなのか、いいことなのか、はたまたどちらでもないのか、どちらでもいいのか。分からない。でも、気づいたら経ってしまっていたような1年の中に、その毎秒の中に、きっと小さな変化があって、それを掬い上げて振り返る時間が、気づいたら経っていた1年を救い、肯定することにつながるような気がする。毎朝、同じ時間に起きる。というか、毎朝タイムリミットとして自分に課している時間までに起きないと仕事に行けない。(仕事に行かなければならないというのも固定観念なのかもしれないけど、そのことは一旦置いておく。)起きた後は決まった順番で、もはや無意識に淡々と、シャワーを浴びて、髭を剃って、ドラ...30Jul2023駄文思考の水たまり
大切にしていたカメラを壊した話僕は2018年頃からフィルムカメラを持ち歩いている。このカメラは実家から発掘したもので、我が家のカメラがデジタルカメラに移行するまで両親が使っていたものだった。このカメラが自分の手元にやってきた時、初めてシャッターを切った時、初めて現像した写真を見たときはとても嬉しく、その後、色々な場所にこのカメラを持って出かけた。思い出深いたくさんの写真をくれたカメラだった。そんなカメラが先日壊れてしまった。電車から降りて駅の改札へ向かう途中で地面に落としてしまい、拾い上げるとカメラの背面が開き、フィルムが外に出てしまっていた。カメラの背面は何度閉めようとしても閉まらない。とてもショックだった。この時、咄嗟に頭に浮かんだのは「カメラが壊れた」とい...16Oct2022駄文日常思考の水たまり
小学6年生の僕は町長に手紙を出した小学生のとき僕の学校には車椅子の先生がいた。理科の先生。その先生は階段移動ができず、1階の職員室から2階の理科室へ移動するときは給食のコンテナを運ぶエレベーター(リフトって呼ぶ方が正しいかも)に乗っていた。そのエレベーターは、あくまで給食のコンテナを運ぶためのもので、人の移動のためのものではない。照明もついていないそのエレベーターは、寒くて暗くて、小学校6年生の僕にはとても乗って移動できるものには見えず、怖い空間に思えた。なんで小学校にエレベーターをつけないんだろう。小学6年生の僕はそう思った。エレベーターがあれば、車椅子の先生は安心して移動できる。そんなアイデアを担任の先生は「うんうん」と聞いてくれて、「エレベーターがあったら車椅...12Mar2022思考の水たまり地域のこと
お金ってなんだ最近ぐるぐる考えている。お金ってなんだ?みんなにとっての「お金とは」を聞いてみたい。僕は4年間、一応経済学を勉強した。経済学と最初はかなり仲が悪かったけれど、最近は結構上手くやっている。特に原理的な部分での考え方は、当たり前かもしれないけれど、納得いく説明が多く、すげえってなる。「お金ってなんだ」この疑問が思い浮かんだ背景には「ボランタリーに活動すること」「お金ではなく想いによって活動すること」と向き合ったことがある。お金が関わらない活動、お金を介さない関係性。そのことの難しさを突きつけられたように感じた瞬間が、この疑問の源泉。経済学的なお金の捉え方は、原理的にはこんな感じだと僕は理解している。ちょっと長いけど、自分なりの整理として...11Feb2022駄文思考の水たまり
変わり続けるまちの変わらない喫茶店僕の家の最寄り駅からほど近い路地に、今日喫茶店を見つけた。厳密に言うと、その路地はこれまでも何度か通っていて、その喫茶店は以前から既に目に入っていた。でも、空いているのか閉まっているのかよく分からず、中を覗こうとしても中の様子は伺い知れず、これまで通り過ぎてきていた。でも、今日は店内の照明の光が微かに見えたので、恐る恐る扉を開けてみた。中にはチェックシャツを着た店主が一人。お客さんはいない。店内を見渡しながら、目に飛び込んでくる情報の処理に追われつつ、ホットコーヒーを注文した。店内はまさに純喫茶という感じで、クラシックな家具や照明の数々。そんな店内にはカラオケもあった。夜はお酒も出ているみたいで、店名にも「コーヒーアンドパブ」とあっ...16Oct2021日常思考の水たまり地域のこと
見通しと見えなさを共存させる1月24日。今日で24歳になりました。いま文字にしてみて、自分がまだ24歳という年齢に慣れていないことを実感します。僕の実家は、新年になるとおせち料理を囲みながら新年の抱負を家族で共有するという習慣があったのですが、ここ数年はそれがなく。でも、習慣として身についているものではあるので、新年になるとなんとなく心の中で新年の抱負を唱えます。僕はお正月と誕生日が比較的近いので、新年に立てた抱負はそのまま誕生日に心の中で復唱されることになります。具体的に今年はこれをやるぞとか、ここまで到達したいぞとかっていうイメージも持っていないわけではないのですが、今日は抽象的な指針だけここに書き残して、今年1年間の灯台としようと思います。タイトルにもあ...24Jan2021思考の水たまり
言葉を掛け合いながら関係を深めること日々言葉を使って生活をする。そんな中で言葉では言い表せないようなことが時にはあって、そういうことほど大切なんじゃないかって直感的に思っている。だから、言葉にならない瞬間を無理に言葉にしようとしたり、言葉にならずに立ち尽くしてる人の気持ちを言葉で要約しようとしたりする行為は必要ないのではないかと思う。一方で、言葉には力があるとも思っている。力というより、正確には作用みたいな感じかな。最近、言葉を掛け合いながら関係を深められているなと振り返ることができる人間関係が身の周りに存在していることに気づいて、嬉しくなる。丁寧に言葉を選びあいながら、お互いが好きな言葉を選びあいながら、その言葉を掛け合う。そこには、相手を説得しようとか、相手に自分...01Nov2020日常思考の水たまり
音を、映像を、耳に、目に、流し込む最近の自分の様子に言葉をあてるとすれば、「音を、映像を、耳に、目に、流し込む」、そんな感じだ。朝起きて動画サイトを開き、バラエティ番組を流す。そこには見たいという意識は微かにあるけれど、それ以上に、何かを耳に、目に流しこみたいという意識が大きい。というか、何かを耳に、目に流し込まなければバランスを保てないという感覚かもしれない。身支度をして家を出るとき、イヤホンを耳に突っ込んで、ポッドキャストの音声を耳に流し込む。コンテンツがおもしろいというのは理由の一つに過ぎず、それ以上に何か音を耳に流し込まないと落ち着かないといったことが理由としては大きい。そんな時間の過ごし方をしている中で、ふと、イヤホンを外してみようと思った。もっと日常の静...04Oct2020日常思考の水たまり
若者の投票率を嘆くならまずは校則を民主化せよ山本修太郎(@shutaro_same)です。久しぶりに少し真面目なブログ。タイトルに書いたことは一つの比喩というか、身近な例を一つ取り上げてみただけなのだが、大人は下の世代のことをなめてんのかと思うことがたまにある。こないだ東京都知事選挙があって、自覚はあまりないけれど東京都に住民票がある僕は、投票に行った。そして、相変わらず選挙のたびに世間では投票率の低さを嘆く声が上がり、それはやはり今回も例外ではなかった。この手の話では、特に若い世代の投票率の低さに焦点が当てられがちで、「若者の政治への無関心を嘆く大人たち」みたいな構図はもはや伝統芸能になりつつあるような感じだ。この構図には違和感を持つのは僕だけなのだろうか。大人の背中を見て...16Jul2020思考の水たまり
ラジオをはじめた久しぶりに何か書きたい欲求に駆られて、ブログを開いたものの、何か特段書きたいことがあるわけでもなく、近況報告的に何かあったかと回想すると、ラジオを始めたことがあった。ので、そのことについて書く。今回ラジオを始めたのは、かれこれ活動が3年を迎える「しとしと」として。04Jul2020思考の水たまり
人間であるから、僕は人との間に生きる僕たちは僕たちに「人間」と名前を付ける。とてもよくできている言葉だと思う。僕という存在は僕だけでは存在し得ない、僕と誰かの間に初めて僕は存在する。そんな感じだろうか。 僕が生きていることを実感するとき。 泣きそうになるとき。何かをどうしようもなく愛おしく思うとき。心臓のある辺りがギュっとなる。 そんなときに確かに鼓動を感じるし、生まれてから今までの時間絶えず心臓が働き続けていたことを実感する。 そして、その時、必ず僕は僕一人のきっかけでそれを実感しているのではない。そこには誰かが確かにいる。誰かとの間で僕は感情を揺らして、生きていることを実感する。 当たり前に人と接してい...07Apr2020非日常日常思考の水たまり